3.実験方法

砂糖菓子の製造でよく用いられている「傾いた中華鍋」方式は、上側が開放されているので、糖蜜を補給したり成長の様子を観察するには適している。けれども、容器のデザインを試行錯誤するのもどうかと思われたのと、前述のように、結晶粒子がうまく攪拌されるようにさえなってさえいれば、角の形成はあまり攪拌器の詳細には依らないであろうと予想されたので、粉体の攪拌過程を調べる際にもよく用いられる円筒ドラム式の装置を製作することにした(図2)。

図2:回転ドラム式の金平糖作製装置。ドラムの半径は12cm。

円筒は銅製で、内径は12cm、中心軸に沿っての長さも12cmとした。軸を横に寝かせた状態で、ステッピングモータとベルトで駆動して、毎分数回程度の範囲で、回転数を調整できるようにした。

工業的にはガスバーナーで鍋を加熱しているようだが、温度調整が難しいので、本実験では1.2 KWの電熱式のヒーターを回転ドラムの下方に置き、サイリスタによって電流を制御した。実験中はドラムの側壁の温度をモニターした。これは、結晶粒の間隙の温度にほぼ等しいが、そのとき、ドラムの底面はさらに30℃ほど高温になっている。

濃度を調整したショ糖水溶液は、チューブポンプを使ってドラムの回転軸付近まで輸送し、結晶粒子の上に滴下した。実験は飽和に近い濃度で行われるため、輸液の途中で結晶化してしまわないよう、あらかじめショ糖溶液を室温よりもやや高温に保っておくことが大切である。輸液量は毎時 10から500 mlの範囲で調整した。

実験的に調整可能な主なパラメータは、滴下するショ糖溶液の流量 Q (ml/h)、ショ糖溶液の調整濃度 C (wt %)、回転ドラムの温度 T (℃)、そして、ドラムの回転数 ω (rpm)である。

1回の試料作製に要する時間は、ショ糖の供給量にも依るが、およそ20時間程度であった。成長を途中で一旦停止して、上記の条件を整えた上で、再び成長を始めても、角の成長に特に変わるところは見られなかった。工業的な金平糖の作製も数日程度を要するようであるが、やはり「中休み」を入れることはあるようである。

実験の手順は以下のとおりである。

銅製の回転ドラムはあらかじめ目標の温度になるまで予熱し、種となるべき粒子を入れておく。種粒子として主に用いたのは、食料品店でタピオカパールとして市販されている、植物のデンプンを球状に加工し固めたもので(粒径約3mm)、その他に、乾燥した豆類、ショ糖のザラメなどでも実験を行った。無論、食べられること重視したわけではないが、ショ糖溶液が表面によくなじむ(濡れる)ことと、比重がショ糖に比べて大きすぎない条件は大切と思われる。

我々が投入した粒子数はおよそ1500個で、この数が最終的に得られる金平糖の数となる。ドラムを毎分3回転ほどで回転させると、粒子は壁面に沿って斜面を形成し、安息角を超えるとなだれが発生する。この粒子のなだれは1秒程度の周期をもって繰り返し起こる。

30分間程度のならし運転の後、なだれが生じている箇所の上にショ糖液の滴下を始める。ショ糖で濡れた一部の粒子は、攪拌を通じて他の粒子も濡らしていくので、やがて粒子全体がショ糖液の衣をまとった状態となる。このとき、ショ糖液の供給量が極端に少ないと、溶液が全ての粒子に行き渡らず、ほとんどの表面は乾燥したままとなるが、そのような状況では、角の成長は見られなかった。

成長のごく初期のみ、粒子同士が表面張力でくっついたまま結晶化が進行し、複数の種粒子を含んだ不揃いの金平糖が生じるケースがあったので、棒で外部から攪拌して、粒子を分離させた。ただし、その後は粒子同士が融合することなく、攪拌の必要
はなかった。

成長過程を通じて、表面の状態がなるべく一定に保たれるよう、溶液の供給量 Q を調整することが望ましいと考えられるが、結晶は時々刻々と成長している。そこで、時刻 t での粒子の全表面積を S(t) として、面積あたりの溶液供給量 Q(t) / S(t) ができるだけ一定になるように Q(t) を調整することにした。供給したショ糖は全て結晶化して金平糖の材料となるのだから、結晶の析出量(体積) V(t) は dV/dtQ(t) と書ける。金平糖の形状をほぼ球形と仮定すると、VS3/2 であるから、これらから、輸液量は Q1/2 dQ/dtQを満たすべきである。そこで、我々は、この方程式の解である

             (1)

に従って、輸液量を調整することにした。ここで、時刻t=0 をショ糖液の供給開始時刻とし、 t0 は大きさゼロのショ糖の結晶が種粒子の体積にまで成長するに必要な時間を推定して求めた。

このように種粒子が定常的に攪拌されている条件下で、ショ糖液の供給を続けると、種粒子の表面にショ糖の結晶が析出しはじめ、やがて小さな角が生え始める。そして、20時間程度の後、粒径が1cm程度の、よく知られた金平糖が得られる。

金平糖に綺麗な角を生やすのは大変難しく、まさに職人芸を要するといったことも言われているが、角が生えるための条件は、それほど厳密なものでもないらしい。我々の装置では、ドラムの回転数を 3 rpmとした場合、輸液速度については、式1で0.2 < a < 2.4 (ml/h3)、容器の温度は 55 < T < 120 ℃、ショ糖溶液の重量濃度 30 < C < 70 (wt %)の範囲に、角が発生する領域が確認された。

ドラムの回転速度の選択は重要で、回転数が小さいと、析出の過程で粒子同士が接着してしまい、それぞれの結晶粒を個別に成長させることができない。回転数を上げると、ショ糖液の再配分がより迅速に行われるだけでなく、角が生え始めるタイミングも早められる。回転速度が毎分3回転では、初期の角が生えるまえに1時間程度を要したところが、毎分6回転の条件では15分程度で角が生え始めた。しかし、早い回転数では、サイズの異なる結晶粒子が生じる上に、それらがドラムの中で偏析してしまい、結果として単分散に近い粒径分布の金平糖は得られない。つまり、「きれいな」金平糖を作る上で重要なのは、結晶表面やその雰囲気の条件よりも、むしろ、粒子の攪拌過程のほうであるらしい。


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© Yoshinori Hayakawa (2007)