消火器

このオフィスは廊下をはさんでトイレの反対側にあるので、比較的人の往来は盛んだ。 誰でも数時間に一度は用を足しにこの前を通るから、(大学に出てきている限り)このフロアの住人で姿を一度も見なかったということはまずない。 また、このフロアには図書室や会議室もあるから、他の講座の人たちの姿もしばしば目にする。 セミナーや会議が終わった後、にこやかな(ときにムズカシイ)表情で話しをしながらぞろぞろと廊下を人が歩いていく様子は、いかにも大学的である。

そんな人たちの目に、ほぼ確実に、とまっていない物体、それが消火器だ。 消火器は非常時に目立ちやすいように彩色や設置場所が工夫されている(はず)にもかかわらず、僕も写真を撮るまでは、それがそこにある、ということが意識に上らなかった。 不思議といえば不思議である。

非常時のために、消火器をつぶさに観察してみる。この消火器は「粉末(ABC)消火器」という種類で、普通・油・電気火災に有効と書いてある。 ただ、どんな火災が「普通」なのかはよく知らない。 ラベルには使用方法などの他に、あちこちに細かい字で色々と注意書きが書かれており、例えば容器の耐用年数は(環境にも依るが)概ね8年だそうだ。 製造年が1992年となっているので、(おそらく一度も使われないまま)そろそろ交換の時期に差しかかっているということだろうか。 放射距離が3〜6mというのは大体そんなものだろうと予想されるが、放射時間はたったの14秒だそうである。

官舎に住んでいた頃、毎年消防訓練が行なわれていた。 消防署からも人が来て、消火器による消火作業の実際をデモンストレーションしたりする。 そういう時に前にしゃしゃり出るのはあまり好きではないのだけれど、参加者のほとんどが奥様方だったりすると、「力仕事」ということで自然に男の僕に視線が向いたりするわけだ。 油か何かに火をつけておいて、皆の前で実際に消火器のピンを抜いて消火。 火は本当にあっという間に消えてしまい、意味も無く消火剤が噴出し続けるホースを握ったまま、何とも間の抜けた残り時間を過ごすはめになる。 練習用の消火器があるとしたら、放射時間は4秒もあれば十分かもしれない。


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