ちょっとした計算をしたいときに、電卓はとても重宝だ。ところが、この部屋にはパソコンは何台もあるくせに、専用機としての電卓は1台も無い。あるときとても不便を感じたので、(できるだけ安く)電卓を調達することにした。
講座共通の計算機室の隅の段ボール箱の中に、旧式の卓上電卓が捨ててあるのを見た覚えがあったので、自室に持ち込んで電源を入れてみる。ところが、思ったとおり、うんともすんとも言わない。計算ができないどころか、LEDさえ点灯しない。
どうせ完全に壊してしまっても誰も文句を言うはずもないので、とりあえずばらしてみた。内部にはガラスエポキシの高級な基盤が使われていて、しかもいたるところ金メッキされており、いかにも高級品といった風格が漂っている。ということは、案外心臓部は壊れていない可能性が高い。
付属の電源アダプタは8Vの交流を供給し、内部で整流して、NiCdバッテリーパックを充電する仕掛けになっているようだ。整流出力は4.3Vくらいしか出ていなかったので、ダイオードのどれかが壊れているのかもしれない。バッテリーパックもとうの昔におシャカになっているだろうし、今更入手するのも無理だろう。
直流電源を持ってきて、バッテリーパックのコネクタからDC5Vを供給してみる。すると、有り難いことにLEDが点灯し、内部プログラムが起動したらしいことが判る。それでは、と、計算してみると、+などのキーを押したとたん、LEDが消えて、だんまり状態に陥る。やっぱりどこか壊れているのだろうか。
再度分解して、あちこちの接点をチェックした。ついでに、プリンターの稼働部分を指ですこし動かしたりしてみる。再度組み立てて、電源を入れると、何とちゃんと動くのではないですか! 定常状態での消費電流は200mA程度だった。プリンタのモータが動くと、瞬間的にもうちょっと電流が流れる。
HP97は、演算などのキーが押されるたびに、プリンターに結果が印字される仕様になっているらしい。だんまり状態になったのは、プリンター出力が行われるタイミングだったようだ。2度目の分解で幸運なことにプリンタが復活したらしい。結果が出るたびに、感熱式のプリンターが「う〜い〜」とちょっと情けない音を上げる。MAN-TRACE-NORMというスイッチをMANに切り替えると、計算結果を毎回印字しなくなることが後から分かった。普段はMANにしておく。
WEBで調べると、このHP97は1970年代後半のモデルのようで、そうすると20年以上前の代物ということになる。当時の価格(US)は$750だったらしい。このマシンはYHPブランドなので、日本国内での販売価格はおそらく軽く10万円を越したに違いない。ちなみに、1979年発売のパソコンPC8001の定価は16万8千円だった。
高価であったこともあって、しっかり大学の備品シールが貼ってある。元々の所属部局は、今は亡き「東北大学教養部」になっていた。最初の持ち主は誰だったのだろう・・・
HP97には磁気カードリーダが内蔵されていて、プログラムを保存したり、ロードしたりできるみたいだ。磁気カードは幅1cm、長さ6cmくらいの帯状の形状だったらしく、フロントパネルの電源スイッチの下に、ちょうどカードの形の窪み(カードホルダ)が掘ってある。磁気カードやマニュアル類は散逸してしまってどこにも見あたらないので、残念ながら試してみることはできなかった。
使うたびに定電圧電源を持ち出すのも大変なので、本来バッテリーパックの入るスペースに、3端子レギュレータを使った簡単な電源を増設してみた。極性や電圧を間違っても本体が壊れないように、ブリッジダイオードで受けてから、7805で5Vに変換。本体裏の蓋に小さな基盤を取り付けて、出力をバッテリーパックのコネクタに直接半田付けした。最初は、NiCd電池を買って来て、ニセバッテリーパックを作ろうかとも思ったが、もともと卓上型なので、immobile仕様と割り切った。
後面の空きスペースに穴を開けて、一般的な電源アダプタからパワーをもらえるように加工する。このごろテレビを見ていると、スポーツ選手が観客からパワーをもらったり、逆に、競技を見ている観客が選手からパワーをもらったりと、なんだか第一種永久機関のようだ。それはともかく、この手作り電源は7Vの電源アダプタだと計算は問題無いけれども、プリンタを動かそうとするとパワー不足で途中で停止してしまった。ダイオードとレギュレータの電圧降下分を考えると、8Vくらいは供給する必要がありそうだ。9Vのアダプタを使うとプリンタも問題なく動作した。
綿棒などを使って、積年の汚れを取ったら、かなりいい感じになりました。LED表示は明るくて見易く、細身でなかなかスタイリッシュ。最近の電卓は省電力のためにほとんど全てが液晶表示になっているが、久しぶりにLED表示を見ると、こちらのほうがずうっといい。
キーも大きくて、しかもその辺りの電卓のへなへなのキーとは違って、しっかりした手応えがあって打ちやすい。
古い電卓だけあって、演算速度はそれなりで、加減算の場合はかなり早くタイプしてもすぐに応答するけれども、sinなどの関数値は一呼吸置いてからでないと結果が出ない。
この実物のRPN計算機を手元に置いて、昔買った「数理現象解析のためのプログラム計算入門(山田明雄著)」を引っ張り出して、読み返してみる。これがなかなか面白い。Cなどを教える前に、こうした電卓で練習してもらうのも教育的かもしれない。動作が遅いので、紙芝居を見るように計算機の動きがわかる(かも)。
そもそも最初に対面したのが相当古い状態だったので、この電卓については「古くさくなった」とか「汚れてきた」とかいう印象を持ちようがない。子供の頃に近所にいたおばあちゃんは、ずーっとおばあちゃんのままで、その昔は若い娘だったなんてことは全く想像できない、ちょうどそんな感じだ。これも何かの縁だろうから、本当に壊れてしまうまで、このおばあちゃん(おじいちゃん)計算機と付き合ってみようと思う。いやいや、ひょっとすると、僕のほうが先に故障して動かなくなってしまうかもしれない。