地下

大学に入って間もない頃、新聞屋で住み込みのアルバイトを始めた。夕方、翌朝配るチラシを束ねる作業をして、それが終わると、先輩達と夜の街によく繰り出したものだ。 まだ1年生の僕からは 3年や4年の先輩達はとても大人に見えた。 そんな彼らの後について歩いた盛り場の、小さな路地や雑居ビルの地下には何か不思議な魔力が漂っていた。 盛り場の界隈はちょうど新聞の配達区域と重なっていたのでほとんど自分達の庭みたいな感覚だったけれども、夜の街は全く違う場所に見えた。

そんな生活の中、いつものように先輩達と飲み歩くうちに偶然見つけたバーも、こんな感じのビルの地下にあった。 緊張しながら重いドアを開けると、意外に小さな空間の中で、バーテンダーと二人のホステスがこちらを見ている。平日の深夜ということもあって、客は我々だけだった。ホステスの一人はいつも豹の柄の服を着ているちょっと素敵な女性で、それからしばらくの間、彼女は僕らの話題の人になった。 

そのホステスを目当てに、その店には何回も通った。 水割りとちょっとした会話のために支払わなければならない金額は学生の「小遣い」の範囲を超えていたけれども、それでもバイト代が出た後などには、「じゃあ、今日はXXXxでシメようか」ということになった。 ところが、他に客がいると、彼女たちはそちらの世話にかかりっきりになるので、我々はソファーの一角でぽつんと取り残されたような恰好になってしまう。 大体、貧乏学生からのアガリでは、彼女達の洋服代の足しにもならないだろう。 スーツ姿の客と豹柄の彼女がカラオケする様子を、ただぼんやりと眺めていた。

やがて、進級や卒業のために本業が忙しくなると、一緒に飲みに出る回数も次第に減り、その店にもある時からぱたりと行かなくなってしまった。 地下の厚い扉の向こう側の、まるでシェルターのような場所に逃れなければならいような現実は、当時の僕には見当たらなかった。


写真と文に戻る